角脇先生の世界

人は、自然の中で耳を傾け、心を預け、「無」の心から自然の音色に触れ、自然からの智慧に触れ、自然からの音を聴き、自然からの詞を言葉に表現し知恵を手にしていました。

 しの笛の音色は忘れかけている人と自然と繋がりを気づかせ、雨が天と地を繋ぐように、人と自然の心を繋げ、宇宙の根源に繋げてくれます。

角脇先生率いる「しの笛の里一座」は、忘れかけていた私たち日本人の心を取り戻させる触媒の働きをする音色をもたらします。

 

角脇先生が奏でる「しの笛」とは?

篠笛 (しのぶえ) は日本の木管楽器の一つ。篠竹(雌竹)に歌口と指孔(手孔)を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛である。伝統芸能では略して「笛」や「竹笛」と呼ばれることも多い。尺八やフルートと同じく「エアリード楽器」に分類される。

 

 

しのぶえ しのぶえ

しの笛の里一座「無」の心の世界

人生は、成し遂げる運命をもって私たちを先に進ませるとわかっているのに、数々の希望と素晴らしい夢がはぎ取とられることをなぜ私たちは許してしまうのでしょうか? 

子供たちのように、登れないような高い山はないと思うように、というのは、可能性には限界がないことは今のところは私たちを傷つけていないということですが、どういうわけか、私たちは甘美で無邪気ないろいろな願いを満足していたということがとても価値あることではないと信じ込んでしまいがちなのです。

そのうち混沌とした世界は、私たちの喜びを音を立ててすぐに破壊し、息を飲むような問題や難問の数々を与え、私たちの熱意をくじかせます。私たちの文明は、自然とどのように調和していくか、同じ幸福を求める愛すべき同胞たちといかに付き合っていくかを教えてはくれません。その代わりに、孤独と狂気が、じわじわと、時には目にも留まらぬ速さで私たちの最良である状態を奪ってしまい、自ら締め付けている弱さに満ちあふれさせます。

私たちは、満開の花が咲くような形ある可能性をずっと持ち続ける不滅の若木です。私たちは再び、本来持っている能力を自由に手にするようなあの子供の頃のような心になるために、心の境界線を無くし、心を開き、それを受け入れる心の準備ができているのでしょうか?  

私たちが自らの手で造り上げたものですが、恐怖が自然との調和を失い崩壊するように創り上げた瀕死の状態である今日の世界に対する、これは偉大なる私たちの挑戦です。

人生の新しい生命の呼吸をする心の空間を与えてくれ、人の心の深いところでの心の変化をすぐに体感させます。

全てに通じるような扉を開けるような光を人の魂に運んでくれましす。

人生の試練が私たち生まれながらの幸せを奪うことはもはやできないという思いもよらない能力、つまり私たち新しい強さに気づきました。今まで決して経験することがなかったような新しい能力を身につけ、さらに大きな確信をもって、すべてに立ち向かう私を助けるような何かが、まさにその時に私たち中で生気にあふれていました。しの笛の里一座はとてもシンプルに、そして優雅に行っています。

受け入れる心がある人は、進んで感じようとするような力、新たな可能性を受け入れようとするような力を高めることができました。それは子どもが望むように純粋で無垢な願いで、すべてを意味し、すべての可能性への扉の道を開いた願いでした。それは、人々の人生を向上させるような一つの教育を提案するものでした。そして今、本当に素晴らしい可能性がわかったのですが、もっと精神的な繋がりによる生活へ、そして自然へ再び繋がる私たちの心への、さらに一つになった人類の家族としてお互いに地球に広がろうとする空前の呼びかけです。 

私たちの共通の心は、お互いに自然界に負っているいろいろな病から生き残るために支援と行動を求めています。ここから生まれた直感的なひらめきに端を発するのですが、お互いに熱心に支え合う人は共に呼びかけています。今までは、私たちの心がいとも簡単に定めてしまうのですが、この様々な境界が私たちを拘束していました。そして今、私たちには一人一人の心があります。それは、今までのような監禁状態を直感で打ち破り自由にしてくれます。というのは、私たちの心と魂は知っています。私たちの深い願いを、それはたとえ想像を超えるものであっても、確固たる信念とともに私たちの心と魂が、すべてのことが可能であるという、より優れた理解力を高潔に保っていることを。その鍵は、覚醒であり、変容であり、そして癒しです。それは単に身体の病だけでなく、精神力、決断力、意思力などの内なる啓示から離れて病んでいた人間の生き方にまで及ぶものです。音色が、自然に人々を人間の根源に戻し、その内なる啓示であるところの健全な状態へ人々を再びつなげていくエネルギーもたらす能力というギフトそのものです。これはすべてのことを可能にするものですが、つまり、心のいろいろな束縛、そして私たちの体や心を癒すことを妨げる型にはまったような限界から解放することができる内なるところで知り得る特別なものです。

しの笛は、自然や人に対して、真心の愛で触れながら、人々がより豊かな人生を送るように人生を捧げる音色なのです。

それは頭で考えた様々な願いではなく、私たちの内なるいろいろな心の願いの呼びかけに答えてくれます。

来る人たちすべてが癒されることはありません。それは、心の願いへの入り口を拒むという意思ですが、私たちは皆自由な、その意思をもっているからです。私たちは自分の世界や様々な可能性に対して自身を閉じることができます。その世界の中において優れた選択であり私たち自身の心が表す願いなのですが、それを妨げることができます。しかし何よりもポジティブな感情は、しの笛の里一座の演奏セッションにおいて素晴らしいエネルギーと、そしてさらに優れた何かを起こさせるのです。内なる明かりが再び灯され、不可能といわれるもの、或は、克服できないものが消えていき、いろいろな内なる心がもとめるものに答えていきます。

私たち自身がそれぞれの解決方法を見つける度に体が癒されます。私たちの心に必要なものは、代価ももとめないギフトが実在するという、開かれた受け入れる心だけです。しの笛は、そのための新しい世界です。希望です。そこには、人々が重きを置くところである創意工夫を大事にする心や尽きることのない可能性があります。私たちには自助の精神があります。私たちや子どもたちのために、バランスがとれた喜びの世界に住む未来へ導く、その解決方法を私たちの前に垣間見させることができることです。私たちは再び自然と繋がり、愛があることを知り、自然体である子どものようにならなければなりません。家族や共同体、そして私たち人類の内なる精神への高潔な繋がりを抱きしめるために私たちの価値を認識しなければなりません。時間とともに個人の中で消えることのない癒しと健全な感覚に大きな変化を引き起こすことができる音色です。しの笛は、その音色を聞いたり、吹いてみることで、その世界を体験し必要な何かを感じることができます。しの笛の音色に触れることで、皆さんが何の目的で生きているのかを本当に理解し、それを確かなものにするために。皆さんは自然な導きでしの笛の里一座の世界に来られるのですが、それは、感情、可能性、或は必要性がそう望んだ時に皆さんはこの世界にいます。それが所謂、「無の心」で「しの笛」世界に触れることができます。皆さんは探していたもの見つけ出し、そして皆さんが望んでいるものを手に入れるでしょう。それはソースと呼ばれる根源によるもので、人々のどの願いを、そしてどのように願いを叶えられかを決めるのですが、人々の悩みを楽にし、時にはそれを消失させることさえ可能です。

ある人は、温かい流れを感じ、ある人は故郷に帰った心になります。人々はどちらかと言えば目に見えるものを信じます。それゆえ、皮膚の色や、容姿、性別、宗教あるいは信条のような判断基準によってお互いを尊敬し合うようです。そしてしばしばその中にあるものがなんなのかを忘れがちです。しの笛の音色は、私たちの幸福や悲しみ、疲れや安らぎをもたらすものなのですが、この見えないスパークという可能性の証やひらめきをもっともっと燃え上がらせるようにしていきます。不必要な情報に苦しまないで、自分だけ、そして自分の外見だけを考えない、そして、あなた自身の隣人だけを助けるのを望むのではない正常な状態をとりもどしましょう。むしろすべての人に手助けをするような、プラス思考で考え、あなたの周りを注意深く見て、あなたの隣人に向き合って見なさい。なぜしの笛の里一座がここにいるか、しの笛の里一座が何のために来たのかをしの笛の里一座が知り、あなたとの経験を交換し合い、お互いに語り合うことを喜びましょう。皆さんのスパークを尊びましょう。それは皆さんの魂である「ソウル」です。そしてそれは人生を導いていきます。このソースという根源にもどるために、皆さんの体に心の栄養を与えるために、そして皆さんを癒し、スパークを燃え上がらせ、幸せ、やりがい、さらに喜びを感じるために再び赴きましょう。それを皆さんの心に持ち続けることを願っています。暗闇に光を灯し、人生の確実な一歩を可能にするスパークになれるよう、「しの笛の里一座」の世界からスパークとなりましょう。私たちは、自身の体、そして精神を尊ぶならば、人生がいかに魅力的なのかを知り、私達にとってそんなに大切でない価値観は何かがわかってくるでしょう。